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2013年5月27日

西方見聞録 三日目

5/27 09:00 石切神社

昨晩迷った茶屋町の凌雲閣跡をカメラに収め、大阪環状線で鶴橋へ。
なるほど鶴橋のホームに降り立つと焼肉の匂いがすると言うのは
本当だった。前日の友人と布施駅で待ち合わせて、近鉄で東大阪市を
横断し、オススメの石切さんへ向かう。生駒山の手前にある石切には
11時過ぎに着いた。神社へと続く参道が下り坂になっているのが面白い。
歩いてすぐに、物凄く意味不明なキャッチコピーが書かれた看板を発見。
後日、『2012 町で見かけた面白看板大賞』に決定される事になった。

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そして参道にはズラリと占いの店が!占術の学校もあった。なかには
弁護士紹介まであり。兎に角、人生に迷ったら石切に来ればよいのだ

坂の途中に日本で三番目という石切大仏を発見。何が三番目なのか
書いていないところがミソだ。その周りには一億円を市へ寄付した
阪本昌胤なる人物の石碑。その横にはまた別の寄付金自慢。
そしてご本人の銅像。石切の街は阪本昌胤なる人物抜きには
語れないらしい。

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それはさておき、占い銀座を抜けると、漸く参道らしい店が増えてきた。
軒先には向かいの店にくっつかんばかり日除けが。デカパンの様な
日除けまである。ここに大阪アーケード文化の原点を見た!

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漸く石切劔箭神社に到着。すると参拝客が境内をぐるぐる回っている。
一体何をしているのかと近付くと、みなさん百度石と書かれた
石の間を往復していた。なるほどお百度参りという訳か。
そして神社の近くにも阪本昌胤第二記念館なるものが。町の名士、
阪本昌胤は精力剤赤まむしを売る薬局の当主だったのだ。

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それにしてもこの日は30℃を越える真夏の暑さ。
帰りの坂道はキツかった。。。途中、冷茶で団子を流し込む。

12:30 鶴橋へ

再び近鉄に乗り、鶴橋でぶらり途中下車。昭和臭漂うガード下に
おそろしく古いトタンのアーケード。コリアンタウン鶴橋は
日曜という事もあって大盛況だった。それにしても焼肉屋が多いのに
火事にもならず、よくぞこれだけの規模のアーケード街が
残っていたものだ。末永く残してもらいたい。

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商店街を少し外れると鶴橋卸売市場に行き当たる。こちらは
休業している店が多く閑散としているので、日曜の築地場外の様な
雰囲気だった。

13:30 日本橋〜心斎橋

鶴橋から千日前線で難波へ戻り、午後は近代建築巡り。
まずは昨晩見た日本橋高島屋東別館へ。ドラマ『カーネーション』の
ロケ地として使われ、放送時にとても気になった建物だ。

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元は松阪屋大阪店として1934年に竣工した。1966年に高島屋となり、
現在はブライダルサロンや本社の事務所などに使用されている。
正面の連続的な外観と打って変わって、裏側はまるで軍艦島の様な
複雑さ。それもその筈、竣工後3回に渡って増築しているらしい。

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この日は残念ながら3階の高島屋資料館は休館日。
それにしてもアール・デコ調の美しい建物だった。

高島屋東別館を後にして心斎橋へ。ここで遅い昼食。創業昭和元年の
明治軒で海老フライ付オムライスとビールを注文。暑かったので
ビールが美味かった。お次は大丸心斎橋店へ。こちらも1922〜
1933年にかけて、3期に分けて完成したW.M.ヴォーリズによる名建築だ。
外装は高島屋よりもゴシック風味の重厚な印象。店内へ入ると
アールデコ調の内装がこれでもかとあるが、落ち着いた配色の所為か
くどい印象がなく、どことなくエキゾチックな雰囲気がした。

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百貨店建築を見るには自分なりのルールがある。まず外観、
裏手に回って搬入口、ぐるっと回って豪華なエントランス、
1階フロアの吹抜け、エレベーター、階段、そして屋上…の順に
見て行くのだ。豪華なエントランスや1階の内装に興味が行きがちだが、
屋上や階段周りにこそ創業時の遺構が残っている事が多い。
大丸で言えば、屋上の鐘(ベル)。この鐘は一体いつ頃まで
鳴っていたのだろうか。

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16:00 長堀橋〜淀屋橋

散々歩いた気もするが、心斎橋を後にして長堀橋より
古ビル巡りスタート。近代大阪の中心だった船場界隈にはモダンな
近代建築がたくさん残っているので、行きたいところを地図に
書き込んでおいた。旧川崎貯蓄銀行大阪支店、明治屋ビルディング、
鹿児島銀行、綿業会館と巡り、生駒ビルディングでは準備中のカフェに
お邪魔してアイスコーヒーを頂く事が出来た。

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高麗橋野村ビルディングは丸みを帯びた角が可愛らしく、
とても昭和2年竣工の建物には見えない洒落た建物だった。
北浜まで来て新井ビル。友人の計らいで内部に潜入する事が
出来た。思ったよりフロアは広かったが、階段は華奢な造りだ。
ここにきて行きたかった船場ビルが見当たらず今回は割愛した。無念。
やがて北浜レトロを過ぎ難波橋へ。そろそろ陽も傾いてきたが、
中之島の大阪市中央公会堂へ。東京駅の様な外観からも伺えるが、
こちらも辰野金吾の設計。その隣には重厚なネオ・バロック様式の
中之島図書館。重そうな扉を押して入ってみたかった。
通りを挟んであった日本銀行大阪支店も辰野金吾の作品。
暗くなる前に淀屋橋から地下鉄を乗り継いで桜川へ。

19:00 汐見橋

大阪旅行の最後は南海汐見橋駅。千日前線桜川からは
目と鼻の先にある。都心の忘れ去られた駅として有名で、
大阪の友人もこんな所があるとは知らなかったそうだ。
丁度斜陽の時間なので裏寂しさが倍加され、いい雰囲気。
改札の上には破れたままの南海沿線観光案内図があった。
元々は南海高野線の起点として開業したのだが、ターミナルとしての
機能は難波駅に集約され、新大阪方面の延伸計画の為に
残されていた。しかしそんな計画も方針が変更となり存続が
危ぶまれているらしい。電車一本を見送り、そして誰もいなくなった。

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汐見橋を後にして信号を渡ろうとすると、対岸に円柱型の古ビルを発見。
またしても小生のいにしえセンサーが引き寄せた様だ。
ビルの裏手に回り込むと円柱型と思ったのはマヤカシで、
半分に切られたバームクーヘンの様な形のビルだった。

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ビルの名前は新桜川ビル。後日調べると昭和40年竣工との事。
もっと古そうに感じたが、竣工時からあまり手を入れていないので
そう思わせたのかもしれない。

20:00 梅田へ

そろそろ梅田へ戻る。ライトアップされた阪急うめだ店が綺麗だった。

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初代のモダン建築を踏襲した美しい外観で、照明がギラギラしていない
ところに品がある。今回の旅行では阪急の品の良さに好感がもてた。
小林一三は偉大なり。その一方でスーパー玉出の様なド派手照明文化も
混在しているのが大阪の面白いところだ。友人オススメの喫茶マヅラは
残念ながら休みだったので、地下街のうどん屋で夕食。帰りのバスは
23時過ぎに発車だが、来た時の大阪駅ガード下とは違い、ホテル阪急
インターナショナル北側のプラザモータープールという所から出るらしい。
地図はあるのだが、茶屋町の方という事しか分からず、結局友人に
送ってもらった。昨日今日とさんざん歩いたのに最後はバス乗り場まで
歩かせてしまって申し訳なかった。しかし梅田からはかなりの距離だったので
一人だったら不安になっていたと思う。そしてここで友人Wさんとお別れ。
お陰で濃厚な大阪を見て回る事が出来た。ここに多大なる感謝を記したい。
今回行きそびれた所もたくさんあったので、またいつか。。。
さらば大阪!

5/28 06:20 溝の口着

エスカレーターの右側に立ち「あ、いけねっ!」と気付く。
どうやら3日間の旅で大阪式の乗り方が自然と身に付いてしまった様だ。

西方見聞録【完】

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