2015年12月27日

大阪3万6千歩の旅

年内で大丸心斎橋店本館が閉館するニュースを聞き、
居ても立っても居られず大阪へ。今回の同行はYさん。
大丸の他には船場ビルディング、高島屋東別館史料館、
大阪日本民芸館など過去に見逃した場所を訪れた。
(リンクをクリックすると詳細記事に飛びます。)

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22:45 新宿発の夜行バス、アミー号で車中泊(2980円)
    港北SAー遠州森町SAー甲賀土山SA経由
    夜明け前の甲賀土山で見た木星と金星の明るさに驚く

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06:00 梅田プラザモータープール着 北風が強くて凍える
    地下鉄で中津ーなんば 喫茶店でモーニング 
    空にはまだ月が輝いていた

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08:00 大国町まで歩き木津卸売市場に併設の「太平のゆ」に浸かる

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09:30 東横イン日本橋にチェックイン(一泊朝食付4217円)

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10:45 市内散策 高島屋東別館ーなんばー戎橋 道頓堀でたこ焼き

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12:15 大丸心斎橋店 一階の内装はまるで宝石箱の中にいる様 
    こんな素敵な空間を解体してしまうとは。。。

    『回顧展』の後、サロン・ド・テ・ヴォーリズにてコーヒー

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14:30 長堀橋ココイチにて昼食
15:20 船場界隈で近代建築巡り
    斬新な路上販売を発見

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17:15 地下鉄で北浜ー恵美須町 ホテルにて仮眠
20:00 新世界串かつてんぐにて夕食 ジャンジャン横丁をブラブラ

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22:00 千日前味園ビル 模型制作の岡本タクミさんと談笑
    旅の疲れも吹き飛ぶ素敵な出会いであった

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23:30 雨に降られ部屋に戻り就寝 この日は2万3千歩歩く

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07:00 起床 ホテルロビーにて朝食
09:00 チェックアウト 阪堺電車で恵美須町ー住吉
    雨の住吉大社 人気もなく幻想的
    来年早々廃止となる住吉公園駅撮影
10:20 南海で住吉大社ー今宮戎 雨上がる
10:50 高島屋東別館史料館にて『美術とインテリアの出会い』展
11:40 ホテルで荷物受取 地下鉄で恵美須町ー千里中央
    途中、新大阪でコインロッカーに荷物預入
13:00 千里中央パルのお好み焼き屋でそばめし

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13:30 モノレールで千里中央ー万博記念公園  
    黒雲を背負った太陽の塔が太陽と対峙する

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14:30 大阪日本民芸館『開館45周年記念 濱田庄司』展
    過去2回訪れて2回とも休館だったので漸く目標達成
15:15 EXPO'70パビリオン こちらは3度目也
16:30 退園 万博記念公園ー千里中央ー新大阪 お土産と駅弁購入
17:43 新大阪発こだま678号
    帰りは奢って「ぷらっとこだま」のグリーン(11900円)

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21:50 品川着 二日間合わせて3万6千歩の旅が終了

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2014年8月 7日

大阪48時間旅行

既に半年が経過し、季節が反転してしまったが、2月の大阪旅行記を。。。

2/19 0時16分の終電で上北沢〜親友の車で一路西へ

2月上旬に予定していた旅行が大雪で順延し、
当日またしても大雪予報で危ぶまれたが、
無事天気になったので友(ユー)のカーで出立。
新東名〜伊勢湾岸道で新鮮なドライブ。名港の夜景も綺麗。
サービスエリアのコーヒー自販機、カップが空のまま出てくる。
「コーヒールンバには気をつけろ!ライブ映像はやらせだった!」

2/20 交通科学博物館〜千里阪急ホテル〜なんば千日前

朝靄の琵琶湖畔、びわ湖大津SAで朝食。
車中、大滝さんを偲んでLET'S ONDO AGAIN。河原の石川五右衛門に吹く。
阪神高速に入り、高速道路が貫通しているビルの話をしてたら
梅田出口が正にそれだった!車を止めて撮影すること暫し。
この勢いで姫路モノレールの遺構、大将軍駅も見たかったが
ストリートビューで我慢。

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弁天町には10時過ぎに到着。駅近くのマックでコーヒーを啜る。
もうすぐ閉館の交通科学博物館は平日にも関わらず大盛況。
万世橋の交通博物館の終焉を看取らず残念な思いをしたが、
今回追体験出来た様な気がする。

Koukahaku

15時前に博物館を後にし、道中、キースジャレットの
一人多重録音ヨレヨレボーカルアルバムを聴きながら北へ。
まるで土曜ワイド劇場に出てきそうな千里阪急ホテルにて旅装を解く。
70sテイストが素敵なロビー。


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大雪で宿泊予定日を変更したのでツインの部屋を充てがわれた。
こんな広い部屋に一人は落ち着かない。

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少し仮眠の後、地下鉄で難波へと繰り出す。
難波高島屋前で大阪の友人と合流し、
3人でホルモン屋と串揚げ屋をはしご。寒風が堪えた。

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千日前でアビーロード風にブラブラして
宿に戻ってオリンピックの真央ちゃん見て
感動してネル-----!

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2/21 万博公園で遺構探し〜日本庭園〜民族学博物館〜光る目玉の塔〜

ホテルのバイキングで朝食を摂る。本日は聖地巡礼也。

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千里ニュータウンを一周してから万博記念公園へ。
造成中のエキスポランド跡地にて。映画「日本万国博」の冒頭、
重機による千里丘陵開発のシーンがこの風景と重なった。


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大階段を隔てるこのフェンスが万博遺構の明暗を分けたのか。

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エキスポタワー跡地 
解体から既に11年経つが、枯れ草がその位置
を知らせている。

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万博公園に入場し日本庭園へ。
休憩所にて経年で歪んだ文字シールを発見!素晴らしい!

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日本庭園には初めて入ったが、上代から中世、近世、現代へと
庭園様式の変遷が実際に鑑賞出来る仕掛け。流石人類の進歩と調和。

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園内は凛とした空気。折しも紅梅の咲き始めた頃であった。

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日本民芸館は生憎改修中で休館だったので、
万博後の1977年に出来た国立民族学博物館へ。こちらは黒川紀章の設計。

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世界各国の風習、文化などが実に多面的に展示されており、
仮面奇面、民族衣装、楽器、仏像などがこれでもかと並ぶ。
友人の云った「みんぱくは巨大な雑貨屋」は言い得て妙也。
膨大な収蔵品とそのスケールに圧倒され、頭がクラクラした。

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ギターの歴史はそのままロックミュージックの変遷史となっていた。
ベックやクラプトン、フランプトン、カールトンなど実に妥当なセレクトン。

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そしてあっという間に閉館時間。
太陽の塔が夕焼けに染まる。

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黄金の顔の目玉に灯がともる頃、東京へ出発。

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浜松SAで遅い夕食を摂り、24時40分に帰宅。
48時間の珍道中であった。

大雪は免れたが、北風が強く、小雪もちらついたりしたので
大阪は物凄く寒かった!が今回の印象。
閉館間際の交通科学博物館と造成中のエキスポランド跡を
見る事が出来たのは今回限りなので貴重な体験が出来たと思う。

写真ギャラリーはこちら

交通科学博物館〜千里阪急ホテル〜難波千日前

万博公園(エキスポランド跡〜日本庭園〜民俗学博物館)

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2013年5月27日

西方見聞録 三日目

5/27 09:00 石切神社

昨晩迷った茶屋町の凌雲閣跡をカメラに収め、大阪環状線で鶴橋へ。
なるほど鶴橋のホームに降り立つと焼肉の匂いがすると言うのは
本当だった。前日の友人と布施駅で待ち合わせて、近鉄で東大阪市を
横断し、オススメの石切さんへ向かう。生駒山の手前にある石切には
11時過ぎに着いた。神社へと続く参道が下り坂になっているのが面白い。
歩いてすぐに、物凄く意味不明なキャッチコピーが書かれた看板を発見。
後日、『2012 町で見かけた面白看板大賞』に決定される事になった。

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そして参道にはズラリと占いの店が!占術の学校もあった。なかには
弁護士紹介まであり。兎に角、人生に迷ったら石切に来ればよいのだ

坂の途中に日本で三番目という石切大仏を発見。何が三番目なのか
書いていないところがミソだ。その周りには一億円を市へ寄付した
阪本昌胤なる人物の石碑。その横にはまた別の寄付金自慢。
そしてご本人の銅像。石切の街は阪本昌胤なる人物抜きには
語れないらしい。

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それはさておき、占い銀座を抜けると、漸く参道らしい店が増えてきた。
軒先には向かいの店にくっつかんばかり日除けが。デカパンの様な
日除けまである。ここに大阪アーケード文化の原点を見た!

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漸く石切劔箭神社に到着。すると参拝客が境内をぐるぐる回っている。
一体何をしているのかと近付くと、みなさん百度石と書かれた
石の間を往復していた。なるほどお百度参りという訳か。
そして神社の近くにも阪本昌胤第二記念館なるものが。町の名士、
阪本昌胤は精力剤赤まむしを売る薬局の当主だったのだ。

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それにしてもこの日は30℃を越える真夏の暑さ。
帰りの坂道はキツかった。。。途中、冷茶で団子を流し込む。

12:30 鶴橋へ

再び近鉄に乗り、鶴橋でぶらり途中下車。昭和臭漂うガード下に
おそろしく古いトタンのアーケード。コリアンタウン鶴橋は
日曜という事もあって大盛況だった。それにしても焼肉屋が多いのに
火事にもならず、よくぞこれだけの規模のアーケード街が
残っていたものだ。末永く残してもらいたい。

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商店街を少し外れると鶴橋卸売市場に行き当たる。こちらは
休業している店が多く閑散としているので、日曜の築地場外の様な
雰囲気だった。

13:30 日本橋〜心斎橋

鶴橋から千日前線で難波へ戻り、午後は近代建築巡り。
まずは昨晩見た日本橋高島屋東別館へ。ドラマ『カーネーション』の
ロケ地として使われ、放送時にとても気になった建物だ。

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元は松阪屋大阪店として1934年に竣工した。1966年に高島屋となり、
現在はブライダルサロンや本社の事務所などに使用されている。
正面の連続的な外観と打って変わって、裏側はまるで軍艦島の様な
複雑さ。それもその筈、竣工後3回に渡って増築しているらしい。

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この日は残念ながら3階の高島屋資料館は休館日。
それにしてもアール・デコ調の美しい建物だった。

高島屋東別館を後にして心斎橋へ。ここで遅い昼食。創業昭和元年の
明治軒で海老フライ付オムライスとビールを注文。暑かったので
ビールが美味かった。お次は大丸心斎橋店へ。こちらも1922〜
1933年にかけて、3期に分けて完成したW.M.ヴォーリズによる名建築だ。
外装は高島屋よりもゴシック風味の重厚な印象。店内へ入ると
アールデコ調の内装がこれでもかとあるが、落ち着いた配色の所為か
くどい印象がなく、どことなくエキゾチックな雰囲気がした。

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百貨店建築を見るには自分なりのルールがある。まず外観、
裏手に回って搬入口、ぐるっと回って豪華なエントランス、
1階フロアの吹抜け、エレベーター、階段、そして屋上…の順に
見て行くのだ。豪華なエントランスや1階の内装に興味が行きがちだが、
屋上や階段周りにこそ創業時の遺構が残っている事が多い。
大丸で言えば、屋上の鐘(ベル)。この鐘は一体いつ頃まで
鳴っていたのだろうか。

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16:00 長堀橋〜淀屋橋

散々歩いた気もするが、心斎橋を後にして長堀橋より
古ビル巡りスタート。近代大阪の中心だった船場界隈にはモダンな
近代建築がたくさん残っているので、行きたいところを地図に
書き込んでおいた。旧川崎貯蓄銀行大阪支店、明治屋ビルディング、
鹿児島銀行、綿業会館と巡り、生駒ビルディングでは準備中のカフェに
お邪魔してアイスコーヒーを頂く事が出来た。

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高麗橋野村ビルディングは丸みを帯びた角が可愛らしく、
とても昭和2年竣工の建物には見えない洒落た建物だった。
北浜まで来て新井ビル。友人の計らいで内部に潜入する事が
出来た。思ったよりフロアは広かったが、階段は華奢な造りだ。
ここにきて行きたかった船場ビルが見当たらず今回は割愛した。無念。
やがて北浜レトロを過ぎ難波橋へ。そろそろ陽も傾いてきたが、
中之島の大阪市中央公会堂へ。東京駅の様な外観からも伺えるが、
こちらも辰野金吾の設計。その隣には重厚なネオ・バロック様式の
中之島図書館。重そうな扉を押して入ってみたかった。
通りを挟んであった日本銀行大阪支店も辰野金吾の作品。
暗くなる前に淀屋橋から地下鉄を乗り継いで桜川へ。

19:00 汐見橋

大阪旅行の最後は南海汐見橋駅。千日前線桜川からは
目と鼻の先にある。都心の忘れ去られた駅として有名で、
大阪の友人もこんな所があるとは知らなかったそうだ。
丁度斜陽の時間なので裏寂しさが倍加され、いい雰囲気。
改札の上には破れたままの南海沿線観光案内図があった。
元々は南海高野線の起点として開業したのだが、ターミナルとしての
機能は難波駅に集約され、新大阪方面の延伸計画の為に
残されていた。しかしそんな計画も方針が変更となり存続が
危ぶまれているらしい。電車一本を見送り、そして誰もいなくなった。

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汐見橋を後にして信号を渡ろうとすると、対岸に円柱型の古ビルを発見。
またしても小生のいにしえセンサーが引き寄せた様だ。
ビルの裏手に回り込むと円柱型と思ったのはマヤカシで、
半分に切られたバームクーヘンの様な形のビルだった。

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ビルの名前は新桜川ビル。後日調べると昭和40年竣工との事。
もっと古そうに感じたが、竣工時からあまり手を入れていないので
そう思わせたのかもしれない。

20:00 梅田へ

そろそろ梅田へ戻る。ライトアップされた阪急うめだ店が綺麗だった。

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初代のモダン建築を踏襲した美しい外観で、照明がギラギラしていない
ところに品がある。今回の旅行では阪急の品の良さに好感がもてた。
小林一三は偉大なり。その一方でスーパー玉出の様なド派手照明文化も
混在しているのが大阪の面白いところだ。友人オススメの喫茶マヅラは
残念ながら休みだったので、地下街のうどん屋で夕食。帰りのバスは
23時過ぎに発車だが、来た時の大阪駅ガード下とは違い、ホテル阪急
インターナショナル北側のプラザモータープールという所から出るらしい。
地図はあるのだが、茶屋町の方という事しか分からず、結局友人に
送ってもらった。昨日今日とさんざん歩いたのに最後はバス乗り場まで
歩かせてしまって申し訳なかった。しかし梅田からはかなりの距離だったので
一人だったら不安になっていたと思う。そしてここで友人Wさんとお別れ。
お陰で濃厚な大阪を見て回る事が出来た。ここに多大なる感謝を記したい。
今回行きそびれた所もたくさんあったので、またいつか。。。
さらば大阪!

5/28 06:20 溝の口着

エスカレーターの右側に立ち「あ、いけねっ!」と気付く。
どうやら3日間の旅で大阪式の乗り方が自然と身に付いてしまった様だ。

西方見聞録【完】

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2013年5月26日

西方見聞録 二日目

5/26 10:00 万博記念公園

宿の大広間で朝食を摂り、支度をして外出。今日はいい天気。
旅疲れの所為か少し出遅れた。予想以上にカメラのシャッターを
切っているので駅前のヨドバシでメモリーカードを追加購入しておく。
阪急梅田は東横渋谷をもっと大きくした様なターミナル駅だ。
ここを起点に神戸、宝塚、京都の三方向に線路が伸びている。
万博公園へ行くにも2通りの行き方があるらしい。
今回は南茨木で大阪モノレールに乗り換えるルート。
阪急は車両もホームもワックス掛けが行き届いていて上品な印象がした。
梅田から約20分でモノレールに乗り換え、車窓に吹田ICが見えると、
程なくして緑の中に立つ太陽の塔も見えてきた。
万博記念公園へは中国道を跨ぐ橋を渡って行くのだが、
その前に反対側の万博記念機構のビルを訪れてみる。

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万博記念機構ビルは60年代後半のレトロフューチャー感のある建物。
当時の貴重な建造物なのだがあまり紹介されていない様である。
たくさんの大窓がやや複雑に配置され、細長い台形の柱が
アクセントになっている。万博当時はここが協会本部だったのだ。

公園のメインゲートを潜ると正面にデーンと太陽の塔。
青空と緑の背景に塔がよく映えている。自ブログを振り返ると、
前回来たのが2004年8月26日。実に8年振りの対面である。
その時は二日酔い明けの灼熱地獄だったが、今回も日向は暑かった。

前回の太陽の塔↓

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今回の太陽の塔↓
後方の万国博ホールと国立国際美術館が取り壊されてしまった

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昼食はお祭り広場の木陰で黒い太陽を眺め乍らおにぎりを頬張る。
大阪に来てまだ大したものを食べていない様な気がするが、
ピクニック気分で食べるおにぎりは美味しかった。

食後は2年前に出来たEXPO'70パビリオンへ。
唯一の残存パビリオンであった鉄鋼館を改装したもの。
エントランスホールにも当時のものが展示されている。
外国からの寄贈品や池田フォーンと呼ばれる楽器、
エキスポタワーのパーツなどがあった。
そしていよいよ赤一色に塗られたパビリオン内部へ。

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嬉しい事に写真撮影がOKだったので撮りまくる。
公園の入園料を払っているとは言え、これで入場料200円は安い!
「人類の進歩と調和」の世界観を堪能し、当時を追体験する事が
出来て大満足だった。

鉄鋼館の外へ出ると土曜なので子連れの客で賑わっていた。
広々とした園内は昭和記念公園に似ている。緑の中を暫し散策し、
再び太陽の広場に戻る。ここで中央休憩所なるガランドウの施設を
見つけた。しかも往時のまま手つかずの様子。こんな荒廃した
休憩所がひっそりと佇んでいるなんて。なんだか得した気分だった。

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その他、人を整列させる為に柵で小分けに仕切られた階段などが
目立たない所にあり往時を偲ばせた。園内を探せばまだまだ
遺構は見つかるかもしれない。しかしそろそろ陽も傾いてきたので、
退園する。廃園になったエキスポランドの入口付近をカメラに収め、
16時半のモノレールに乗った。帰りは大日という所で乗り換え、
地下鉄谷町線で天王寺へ。

17:30 天王寺〜新世界

天王寺駅改札で無事友人と合流し、徒歩でぶらぶら新世界へ。
すると駅前でハリボテの大阪城が乗っかる建物に遭遇。
大阪ディープ案内に載っているホテル醍醐だ。早速、大阪B級スポットの
洗礼を受ける。所々フェンスで覆われた天王寺公園を少し歩くと
古めかしいゲートが現れた。

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以前、NHK日曜美術館で観た市立美術館だ。外観に惹かれていたので、
入場券を買って中へ。「酒類購入のための再入園は認められません」
の注意書きが面白い。市立美術館は昭和11年竣工の歴史主義建築。
美術館に併設された70sな雰囲気のレストランルージュも味があった。
裏手に回ると慶沢園という庭園がある。ここにも
「一、飲酒して入園しないこと 二、園内で飲酒しないこと…」
の注意書きがあってズッコケた。入園料を取っても酒好きの
ホームレスが入って来てしまうらしい。
慶沢園は住友家本邸の庭園として明治41年に造園との事。
そしてその素晴らしい景観の向うに先程のハリボテ大阪城が!
この台無し感が大阪らしくて笑ってしまう。

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『A級スポットの側にいつもB級スポットあり』

というのが今回の大阪旅行で分かった事。
公園を後にして高速道路を潜るとそこは新世界。大阪はなんでも
巨大なハリボテにしてしまう即物的看板文化だ。そんな看板文化が
ここ新世界に集結していると言える。それにしても10年くらい前に
来た時よりも矢鱈とビリケンが目につく様になった。
スパワールド横には火事の焼け跡の様な廃墟があったが
随分前からこの状態らしい。新今宮の方へ軽く足を延ばすと
大阪救霊会館という妖しい教会があった。
ストリートビューより↓

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コンクリート壁と鉄柵の間にテレビモニターが設置されており、
主は〜というお決まりの文句や砂嵐だけの映像などが流れ、
こちらの緊張感を煽る仕掛けになっている。4台とも趣きが異なる
手作り屋根に覆われているのがなんとも言えない。
そしてジャンジャン横丁に戻り、晩飯はどて焼きと串カツでビール。

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すっかり日も暮れたので、通天閣に昇って夜景を眺める事にした。
展望券売場と売店がある2階の通路はお菓子のダンボール箱が
雑然と積まれ、さながらコンビニ倉庫の雰囲気。営業中でも
お構いなしなのが面白い。3階の狭い通路を奥へと進み
展望エレベーターに並ぶのだが、ここには通天閣の歴史が
パネルやジオラマで展示されており、初代通天閣のあった
ルナパークの模型もあった。初代が建てられてから今年で
丁度100年を迎えたので大々的に展示しているらしい。
3月にザ・タワー展を観たばかりなので、予備知識はバッチリだった。
奇遇な事に実は一緒にいた大阪の友人と観たので、
今回の旅はよくよくタワーに呼ばれた旅とも言える。
金ピカの内装やビリケンさんには全く食指が動かないが、
通天閣の夜景とB級ぽさを満喫出来てよかった。

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通天閣本通商店街を通り恵比須町へ向かうと、件のスーパー玉出が
あったので潜入する事に。店内はネオン管と蛍光管と白熱球の
目映い狂演が繰り広げられており、兎に角派手でクラクラした。

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21:30 日本橋〜心斎橋

お次は堺筋を北上し、大阪の秋葉原とも言うべき日本橋の
でんでんタウンへ。大阪名物という五階百貨店を発見。

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三階建てなのに五階とはこれ如何に?と思って後日調べると、
実は明治時代に五階建ての眺望閣というタワーが建っていた為、
五階の名前が地域の通称になって残ったのだった。なんとここでも
タワー巡りが続いていたのである。電気街の向かいには
訪れたかった高島屋東別館があったが、もう暗いので
明日また来る事にして堺筋からなんさん通りへ入る。
我々の片手には缶ビールが握られているので、片方が塞がったまま
シャッターを切るのはなかなか大変だった。

すると間もなく千日前の歓楽街に出た。そして見つけた味園ビル!
老舗キャバレーユニバースが閉店したニュースは記憶に新しい。
youtubeで観た味園のスペーシーなCMが頭をグルグル駆け巡る。
魅惑的な造形の螺旋スロープに誘われ上階へ潜入してみる事に。

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エレベーターホールを抜け奥の階段を上がると、雑居ビルの
スナック街の様な雰囲気。しかし普通のスナックよりも
変わった店が多く、アングラ臭の漂う店がたくさんあった。

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これも後日調べてみたところに依ると、寂れたカラオケスナック街を
安価で若者に提供したところ、いつの間にかサブカルの殿堂に
なったらしい。キャバレーだったB1も今はイベントホールになり、
若者の情報発信基地として再生している様で、暫くは安泰か。
しかしまさかあの味園ビルに潜入出来ると思っていなかったので
大満足だった。

千日前を後にしてお次は道頓堀の大阪松竹座。大正12年竣工の
ネオルネッサンス様式でござい。その松竹座の向かいに
古そうな雑居ビルがあるのを小生のいにしえセンサーが察知し、
早速潜入する事に。ビルの名は白亜ビル。昭和20年代後半の
造りとみたが果たしてどうか。戎橋を渡り昭和7年竣工の
南海ビルディング=高島屋へ。ライトアップが美しかった。
そして天王寺から歩きに歩いてとうとう心斎橋までやってきた。
友人と別れ、昭和8年竣工の大丸百貨店の下から最終の
地下鉄に乗り梅田駅へ。実は今回の旅で行く所は事前に地図を
プリントアウトして持って来たのだが、唯一、大阪、梅田駅付近のは
端折ってしまった。これは痛恨のミスだった。なにせ駅の周りが
斜めにカーブする道路や横断歩道のない歩道橋に囲まれ、
行きたいところになかなか辿り着けず何回も迷ってしまったのだ。
地下空間も然りで、新宿なんかよりもよっぽど難しい。
宿と駅との間の道もなかなか覚えられず、回り道をしたら
あさっての方に向かっていたりで、難儀をした。しかしその迷った
茶屋町で偶然、凌雲閣跡を見つけた。なんと一日で、太陽の塔、
ルナパークの初代、そして二代目通天閣、南の五階眺望閣に続き、
北の九階凌雲閣も制覇してしまったのだ。奇遇にも程がある。
これが大阪のタワーに呼ばれたと言わなくて何と言おう。

宿に着くと0時を過ぎていた為、ロッカーから荷物が運び出されていた。
連絡がないとそういうシステムになっていたらしい。
幸いベッドはあったが、危うく宿無しになるところだった。
それにしてもよく歩いた。サウナで疲れをとり、明日に備えたところで
二日目が終了。

三日目につづく。

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2013年5月25日

西方見聞録 一日目

前置き。

大阪旅行から今日でまる一年が経った。写真ギャラリーの方はアップしたが、
未だに旅行記が完成していなかったので、外は全くいい天気だというのに
二日間家に引き籠って長〜い旅行記を完成させた。
一年が過ぎても書く事が出来たのは膨大な写真と旅程表、
下準備した地図や路線図、そして手書きのメモがあったからであり、
なにより大阪での体験が濃厚だったからだろう。
という訳で本日から三日間、去年と同じ日付の日記を書いていく次第である。
題して『西方見聞録』。一日目からスタート。

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5月の最終週、自分なりのGWという事で大阪に行って来た。日頃、都心に出て
上野や銀座を散策している様な感覚で、日本で二番目の都市は
一体どんな所なのか訪れてみた。三日間滞在してかなり動き回ったので、
大阪という都市を多面的に観る事が出来た。モダンで洗練された大阪と
ディープでB級な大阪。後者が勝ってしまうのは大阪は商人の町で
サービス精神が高いからかもしれない。

5/24 23:30 大阪へ

予めネットで予約していた溝の口(高津区役所前)発の夜行バスに乗り込む。
夜行バスというものに乗るのは初めてで、先の事故のあった手前、
正直迷ったが、運転手は2名の交代制で少し安心した。平日の所為か、
どの席も2人掛けに1人の割合で埋まり、隣が空いていたので助かった。
しかし前方はカーテンで遮られて見えず、側面もカーテンのホックが
止まっていたので、外がよく見えないのは意外だった。
しかも発車後のアナウンスを最後にすぐ消灯してしまい、
こちらはまだ外が見えない恐怖と走行の揺れに同調出来ないのとで
少々脂汗をかいた。

最初のトイレ休憩は東名の不夜城、海老名。反対側の若者は
カップラーメンを食べ始めた。車内に匂いが漂うがそんな事はお構いなしだ。
浜松、大津と休憩毎に目が覚める。大津で琵琶湖が見えたので嬉しくなり、
本格的に起床。腰が痛いというより尻が痛い。高速を降り、程なくして
京都市内。河原町を通り京都タワーとは反対側の駅前に到着。
すぐまた高速に乗り、首都高の様な環状線に入る。こちらの環状線は
車道とビルが隙間なく隣接しているところが多く、地震が来た時は
どうなってしまうのかちと心配。三井住友ビル、朝日新聞など
気になっているビルを掠め、高速を降り、6時20分大阪駅のガード下に到着。

昨晩の天気予報通り雨がポツリポツリと降り始めていた。
自分が今いる所は桜橋口という所らしい。高架下のコーヒー屋は軒並み
7時からの営業なので、ひとまず宿に近い南口付近のコインロッカーに
荷物を入れて引き返し、ドトールにて朝食。PCから出力したA4サイズの
地図とネットで調べた手書きのメモを睨みながら、今日の行程を考える。

5/25 08:00 大阪城公園

関西版スイカであるイコカを2000円分購入し、8時過ぎに駅の改札へ。
大阪環状線は東京で言うところの山手線なのだが、駅のホームに
路線図がないのでどちら回りに乗ったら目的地に近いのか分からず
まごまごしてしまう。。。取り敢えず来た電車の車掌に行き先を告げ尋ねると
その電車でよかったらしいが、自分と同じ様に何人もの人が行き先を
聞きに来て、その都度「あっち!」とか「こっち!」とか忙しそう捌いていた。
東京じゃ余り見られない光景だ。そしていきなりラッシュの洗礼。
環状線にはいろんな路線から電車が乗り入れて来る。運悪く、
快速形の車両だったので混み方が尋常でなく、リュックに入れた
カメラが心配になった。土地勘もないくせにラッシュにもまれるのは
少々不安だが、大阪人にちょっと近付いた気分にもなれた。

程なくして、大阪城公園駅に到着。ここから傘を差し大阪城へ。
と言っても、お目当ては天守閣ではなく、その隣の旧大阪市立博物館だ。
大阪城ホール横には先日江戸博で見たザ・タワー展の告知があった。

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歴史博物館という所で開催しているらしい。今回は大阪のタワーの歴史を
巡る旅にもなったので、今思えば暗示めいたものを感じる。外濠沿いの道は
雨が降っているのにも関わらず自転車を漕ぐ通勤客が多かった。
どこの城周りも同じ様な造りなのか皇居に似ている気がした。
そして内濠に架かる極楽橋を渡ると見えてくる巨大な石垣。
正に江戸城と同じ造りをしている。後に調べたところによると矢張り
江戸時代に再建された構造物だった。大阪城は秀吉が築城した事で
有名だが、目に見える遺構は徳川時代のものなのだ。そして天守閣は
復興天守と言い、昭和6年に再建された立派な近代建築なのである。
大阪城の変革を見ると戦国時代は勿論の事、近代に於いても陸軍やら
占領軍やら矢鱈と戦争と切り離せない土地である様だ。

そして大阪市立博物館。復興天守よりも一足早く昭和4年に
陸軍司令部庁舎として竣工。こちらも、連合軍、大阪警視庁、
大阪府警の管理を経て1960年に博物館となった。2001年、
大阪歴史博物館にその役目を引き渡し、爾来、沈黙しているのである。
写真で見た時は国立科学博物館の様なイメージだったが、褐色の
スクラッチタイルが思ったよりも暗い色で、東大のゴシック建築の様な
重さを感じさせ、古城を思わせる雰囲気。東京駅丸の内駅舎にもある
万年筆型のタレットと呼ばれる意匠が特徴的だ。暫し建物をぐるりと撮影。

Sdsc_1100

それにしても雨だというのに、修学旅行や中国、韓国からのツアーバスが
ひっきりなしに到着し、団体客が怒濤の様に現れ大阪城をバックに
写真を撮って帰って行くのだから、単独の自分は圧倒されっぱなしであった。
そして、たまに上野などで見る中国政府によるチベット弾圧の行状を
文字や写真で訴える手作りのボードがあったが、中国観光客はこれを
どんな気持ちで見て帰って行くのであろうか。

Sdsc_1109_2

帰りは大阪城公園の駅まで戻る気がしなかったので、
天守閣から見て南東の森ノ宮駅を目指す。団体客に囲まれながら
坂を下りると秀吉像があった。そしてその奥には豊國神社というのがあり、
秀吉公が祀ってあるらしい。雨の所為か先程の喧噪とは打って変わって
非常に静かだった。公園の中を歩き20分くらいで駅に到着。
森ノ宮の外観はなんとなく関内の様な印象。環状線の駅はどこも古びている。

09:30 飛田新地へ

次に目指すは大阪ディープサウスの飛田新地。出発前に、
『大阪DEEP案内』という有名なサイトで予備知識は入れて来たが、
実際訪れるとなると緊張するものである。そこで人の少なそうな午前中に
一回下見をしてみる事にしたのだ。天王寺までは環状線で4駅。
そこから阿倍野まで地下鉄では1駅。カメラは禁物という事なのでロッカーに
荷物を入れ手ぶらで向かう。しかし地下鉄に乗ったのは痛恨のミスだった。
隣の阿倍野までは目と鼻の先だったので簡単に歩ける距離だったのだ。
東京で言うなれば、東京駅から大手町駅まで丸の内線に乗ってしまった様な
感じだ。まぁ土地勘がなかったので仕方がない。いい勉強になった。
高速道路沿いに歩き、少し曲がった所から一本入ったところに
所謂「嘆きの壁」がある。ここから向うが西成区になり、高級マンションや
商業ビルのある阿倍野区との露骨な区境にもなっている。

ちょっと勇気が要ったがここから階段を降り、飛田新地に潜入する。
表向き料亭の看板を掲げた店がずらりと並び、なるほどここがねぇと
感心しながらぶらぶら歩く。閑散としているが、何軒かは空いていて、
客引きの声がかかった。頭に叩き込んだ地図を思い出しながら、
鯛よし百番を見つけた。現在は料亭として営業しているが、
築100年近い大正初期の遊郭建築で飛田新地のランドマーク的存在だ。
暫し鑑賞。そして、弧を描きながら新地を突っ切る高速道路下を抜け、
更に奥へと進む。すると大阪でおなじみアーケード街に突き当たる。
ここが新世界のジャンジャン横丁から連なる飛田本通商店街通りで、
まるで昭和の雰囲気。店が潰れてそのまま何十年も放置された感じで、
アルバイトサロンなんて看板もあった。アルサロなんて単語は
千日デパート火災の事件で知ったので、およそ40年前で
時が止まっているらしい。この向う側へ行くにはそろそろ危険な雰囲気なので
少し歩き、交差した古びたアーケード街を再び右へ入り新地の方へ戻る。
こちらの名は新開筋商店街。先程よりも更に寂れた雰囲気で人影もまばら。
次回のアーケード散策はカメラ持参で行きたい。新開筋商店街を抜けると、
その反対側はあべのマルシェというお洒落な商店街で上階は
高層マンションになっていた。嘆きの壁の様な露骨な区境はないが、
このマンションの部屋から見る景色は一体どんなものだろう。

11:00 岸和田

そろそろ次の目的地へ。天王寺から新今宮へ出て、南海に乗り換え岸和田へ。
鉄人28号の様なご面相の特急ラピートで僅か20分。久し振りに嵌った
NHK朝ドラ『カーネーション』の舞台である岸和田は一体どんな所なのか
足を伸ばしてみた。3月に番組が終了したばかりなので街の至る所で
糸ちゃんがお出迎え。取り敢えず駅前のなか夘で昼飯にする。
外に出るとまだ雨は止まず、近くのマックでコーヒー。注文時に
「お召↑し上がりですか?」「お持↑ち帰りですか?」と全く同じ
イントネーションで言われたので一瞬聞き取れなかった。
大阪中心部にいるとチェーン店の接客は標準語で東京と変わらないが、
ここまで来ると関西弁のイントネーションになるので興味深い。

駅前商店街の入口横には古めかしい洋館があり、その隣の銀行も
古そうだった。アーケードに取り込まれ2階が見えないのでよく分からないが、
恐らく昭和初期のものだろう。雨に濡れず買い物が出来、
夏は日除けにもなるのがアーケード商店街の良い所だが、
その反面、空が見えず建物の全貌が分かりにくい。アーケードで
覆われるとどの街も似たり寄ったりで個性がなくなる印象だ。
何度か大阪を訪れているが、東京よりアーケード街が圧倒的に多いのは
日射しが強い西日本という事もあるだろうけど、買い物客がいつでも
来られる様にという商売っ気からきている気がする。

雨は上がったが人がまばらでシラーッとした商店街に入る。
ここで特筆すべきは電信柱。狭い通りにだんじりを通す為に
かさ上げしている様だがどこにも説明は見当たらない。
他の街では見られない岸和田ならでは光景であった。

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そんな商店街を抜けると次第に城下町っぽい雰囲気。
古い建物が増えてくる。細かい格子で覆われた町家造り、
スクラッチタイルや煉瓦積みの近代建築など見所があった。
再び雨になったので、岸和田城は割愛してしまったが、
観光協会が作っているイラストマップを頼りに歩いたら、
建物がイラストなので入口がどの道に面しているか分からず、
距離感も滅茶苦茶で、これには辟易した。観光協会のマップが
これでは駄目だろう。

強まる雨脚の中、蛸地蔵商店街を抜け隣の蛸地蔵駅へ向かう。
平日の夕方ともなれば買い物時の筈だが、開いている店は全体の2割ほど。
カメラが濡れるのが嫌だったので写真は撮らなかったが、今回の旅行で
一番のシャッター街だった。蛸地蔵駅は大正14年の竣工で、
こじんまりとした西洋館風の駅舎が可愛らしい。

15:30 蛸地蔵から浜寺公園へ

更に古い駅舎を求めて、ここから浜寺公園へ向かう。
女性車掌のアナウンスはエレベーターガールの様な落ち着きがあり
好感が持てた。それはさておき、浜寺公園駅はなんと今年築105年を迎えた
私鉄最古の駅舎。日銀や東京駅で有名な辰野金吾の設計である。
氏が初めて手がけた駅舎で、東京駅の赤煉瓦の堅牢なイメージとは
趣が異なり、木造平屋建てのハーフティンバー様式という美しい洋風建築だ。

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暫し鑑賞の後、駅を背にして歩くとすぐにまた駅がある。こちらは
恵美須町から伸びる阪堺電車の終点、浜寺駅前。駅前というのが面白い。
駅というよりも簡素な停留所か。路面電車に乗ってここから
200円で帰るのも手だが、如何せん時間もかかるし疲れそうなので、
再び浜寺公園から大阪市内へ。大阪駅南口で荷物を取り出し、
向かうはカプセルホテル大東洋。バンド遠征の時に利用したきりだが、
安くてサウナもあるので宿はココにした。一人旅の気楽さである。

18:00 再び飛田新地へ

大浴場で軽く汗を流し、再び軽装で外出。中崎町から谷町線に乗り阿倍野へ。
夜の遊郭の雰囲気を味わいたくて再び飛田新地へやってきた。
自分は冷やかしだが、男に生まれた特権を大いに活用するのである。
今夜は25日の金曜日なので人通りが多い。そのお陰で人混みに紛れて
じっくり観察する事が出来た。所謂青春通りといわれる通りは、なるほど
別嬪さんばかりで、自分は妖怪通りの方へは行かなかったけれど、
くまなく歩けば誰かしら好みの女性に当たるかもしれない。
花街を2周程してから昼間突き当たった飛田本通商店街へ。
新地の中でもそうなのだが、子供達が自転車で掛け抜けたり、
ベビーカーを押している普通の奥さんがいたり、日常の生活空間と
妖しい空間が同居しているのに驚いた。東京の吉原もこんな感じだろうか。

アーケード街をちょっと行くと大阪でおなじみの激安スーパー玉出がある。
店の反対側は国道26号線に面しており、その向う側は所謂あいりん地区である。
ちょっと店の中を覗いたが客層が凄かった。更に北上すると
カラオケ居酒屋の多さに目を奪われる。表の看板にはセット1000円、
1曲100円などと書かれており、防音とは無縁の店ばかりで音がダダ漏れだった。
歩けば歩く程人通りが増え、信号を渡りジャンジャン横丁に入ると
先程の妖しい雰囲気は薄れて、活気のあるレトロ商店街に変わる。
新世界に来るのは2度目なので、ここからは土地勘があるのだが、晩飯に
一人で入る店が見当たらない。明日は友人と串カツを食べに来る予定なので、
結局通天閣をくぐり抜け、恵美須町の大阪王将で20時過ぎの遅い晩飯。
蒸し鶏とビール、それにチャーハンを頼んだ。恵比須町からは地下鉄で
宿へ戻り、再びサウナに入ってから寝床のカプセルへ。
カプセルホテルの必需品、耳栓をして就寝。一日目が終わった。

二日目につづく。

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